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  • 2017.09.13 Wednesday
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お詫び

今までホームページやメールの管理が不十分だったため、更新が滞ったり、メールをいただいた皆様にお返事が行き届かず申し訳ありませんでした。
今後はこのような事がないよう、気をつけたいと思います。
これからもよろしくお願い申し上げます。

洋遊会150周年記念誌(洋遊会会長 上野慶夫)


富山県高岡市の雅楽団体、洋遊会は平成23年に発足以来150周年を迎えた。

 23年10月8日、萬歳楽、抜頭等による記念公演を開催し同日夜、高岡市のホテルニューオータニで、市長、国会議員、名誉市民等多数の出席のもとに祝賀式が行われた。雅楽は高岡市の無形文化財に指定されており、洋遊会はその保持者である。県の代表紙、北日本新聞は第一面に大きく祝賀記事を書いてくれた。
 
 150年という年月は、雅楽の歴史からみれば、決して長いものではない。もっと歴史のある雅楽団体もあるだろう。しかし、洋遊会は神社、寺院などの母体をもたず、市民愛好家だけにささえられた民間団体である。150年にわたる活動は、確かに良くやったと言えるのではないだろうか。 

 今回、綿密な資料調査をもとに、会史「悠久の雅−洋遊会百五十年の響」が編纂された。これをひも解くと、文久元年(1861年)発足当時の洋遊会メンバーは菅笠問屋が多かったことがわかる。菅笠や蓑は、百万石の加賀藩が力を入れた物産で、良質の菅の自生するこの地に適していた。江戸時代の全国ブランド、「加賀の菅笠」、「越の菅蓑(こしのすがみの)」は、かの芭蕉も「奥の細道」の旅で使ったようだが、それらは洋遊会の地元、高岡市福岡町の産品である。さすがに商人が会の中心だっただけに、記念誌には財政や昔の出演料規定に関する細かい記述もある。継続の一つのポイントは財政重視だったに違いない。 
加賀藩は文化政策にも力を入れた。今回の記念事業は前田家のご当主、前田利祐さんも発起人の一人である。会の成り立ちを考えれば、実に意義のある方にお引き受けいただいたと思う。 

 私が洋遊会へ初めて顔を出した50年前の先輩たちは、会の将来に悲観的だった。ちょうど高度経済成長が始まった頃で、世の中の眼はもっぱら経済に向いており、古典芸能や地域文化は影が薄かった。それにもかかわらず、今日洋遊会が発展しているのは、経済と文化の両立という江戸以来の当地の風潮が、やはり根強いものだったという証である。私自身も元は保険会社のいわゆるモーレツ社員だったが、勤め上げた今は「雅楽の人」であり、地元からもそう期待されている。50年後も100年後も、当地にはこんな人間が続くのだろう。 
 

記念誌は一部千円で販売しています。
連絡先は高岡市の「雅楽の館」TEL:0766-64-0390またはメール:youyukai1861@gmail.com 

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